【書評】A Silent Voice…ってなんかカッコいいですが、なんのこたーない、日本での原題は「聲の形」です。はい。マンガです。
もう日本でこの作品が話題になったのは5年も昔の話ですからまさに「いまさら」感満載なのですが、いちおう以下ネタバレには気を配ってます。全7巻のうち第1巻の内容には触れますが、それ以降は触れませんのでこれを読んだ後に原作のマンガやDVDを手に取られても問題はない…と思います。もしご興味があるならお手にとってみてくださいな。
ちなみにドイツ語で最終巻の第7巻が上梓されたのは2017年の6月。…それでも2年近く経つのか。
この作品との出会いは去年の春だったか。家の壊れたDVDプレーヤー購入のついでになにか買おうとドイツの熱帯雨林をウロウロしていたらDVDを発見してしまった。この時話題で持ちきりだったのが、君の名は。…なんだけど一番の話題作は避けるというどこかしら天の邪鬼な性格が災いしてこちらを買ったと。まあ、深く考えてはなかった。
で、劇場版アニメは面白かった…が、いつものことながら内容は見事に翌日には忘れてしまった。「とにかく面白かった」ということだけ覚えて。
後日熱帯雨林をまたなんとなくさまよっていると、まあ、うまい商売をしやがる。おすすめの商品に聲の形のコミックス版が登場。思わず買ってしまう。思えばコミックス全巻を買い、DVDも買い…この作品には充分お布施したな。全巻を新刊で買えるなんて俺も大人になったもんだ(意味不明)。
聲の形。日本の原作では小さくThe shape of voiceと書かれてますが、英語版に翻訳される時に、たぶん翻訳の人がA Silent Voiceのほうがいいよ…とか提案したんじゃないですかね(知らんけど)。私の個人的感覚としても聲の形の直訳のThe shape of voiceよりA Silent Voiceのほうがいいと思う。ああそう言えば、昔Silent Songという歌が好きだったなぁ(蛇足…もう30年前の曲なのかよ)。
私が読んだのはドイツ語版。英語でもドイツ語でもスペイン語でも、まず日本のマンガを読んだことのない人がしでかしてしまいそうなこと。そう、いつもの癖で逆(本の終わり)から開いてしまう(左開き)。そんな人対策に最後のページはこうなってます。
そうだよなぁ。これ、相当な違和感があるだろうなあ。逆から読んでいかないといけないんだから。その昔、AKIRAが英訳されたときは、左開きにするためにわざわざ鏡状にして対応したとか(とむかし須賀原洋行氏のマンガ「よしえサン」あたりで読んだ気がする)。この場合、利き腕が逆になるなどの弊害が当然出てくる。その後、日本のマンガが欧米に輸出される場合、このようた対応がされずに日本と同じ右開きになっているのはなぜだろう。
本文まで写真つきで載せてしまうと怒られそうなので、興味がある人は熱帯雨林のなか見!検索で見てもらう(ドイツ語だけどヘーキヘーキ。日本の熱帯雨林とインターフェースが全く同じだから)として…そう、そのままドイツ語に訳されているのです。
よくよく中を読むとかなり原語に忠実に翻訳されてます。さらにはごていねいに(第六)巻末の作者の大今良時氏と有村架純さんとの対談まで翻訳されている。
日本語って主語が省けたりして便利なのよね。「みなまで言わすな」とはよく言ったもんで、みなまで言わなくても通じる。たとえば
「サイテー」
というたった4文字のセリフがドイツ語訳では“Du bist unmöglich“(英語に直訳すると“You are impossible“)になるわけ。アルファベットが半角なことを計算に入れても日本語の倍以上の長さ。コマの中のセリフが細かく(長く)なりがちなのは理解されると思う。ともあれ、誰がサイテーなのか明らかにしなければならないドイツ語や英語は不便というかなんというか。
これはどうでもいい話なんだけど、日本語の活字以外の文字。バシとかはそのまま残っていて、その上に活字でkazackとか入っている。ちなみにパシはPazackみたい。知らんけど。そして、教室の黒板の「日直」などもいちいち律儀に訳している。
話を戻すと、話自体は少年誌に掲載されたというのが信じられないくらい地味な内容なんですよね。主人公は世界一の海賊王を目指しているのでもなければ(冒険もの)、ゴールの網を突き破れるドライブシュートができる天才サッカープレイヤーでもなければ(スポ根もの)、近未来に巨大な汎用人型決戦兵器のパイロットになる話でもない(機械もの)。耳の聞こえない少女が小学校に転校してきていじめが始まり…と、私が先見の明のないマンガの編集者なら偉そうに短い足を組んで…
「ちょっと君ねえ、こんな地味なマンガが今どきはやると思ってんの?少年誌なんだから、もっとワクワクするような冒険ものでも書いて来なよ」
などといいつつ下書きをテーブルの上に放り出してしまうのではないかと思う。
ただ、見方を変えると逆によくこのマンガが少年誌に掲載されたな…とも感じる。だって、耳の不自由な子がいじめに遭う話…ってことと次第によってはその筋から苦情の嵐になりかねない気が。最近いろんな筋がうるさいからねぇ。
実際、話は徹頭徹尾冷徹な現実味を持って迫ってくる。本編上で「ありえない」とか「嘘くさい」とか「大げさ」とか思う部分がほとんどなかった。つまり、現実に起こっても全く驚かない内容。平たく言えば身につまされる。
あ、強いて言えば「転」の部分でちょっと超常現象っぽいことは起こる。だけど、それはその状態なら起こってもおかしくない…という状況でして(第7巻の初め)。それ自体に違和感は覚えなかった。
基本的な流れとしては、全7巻のうち1巻は小学校6年生の時に耳の聞こえない西宮硝子が転校してくる。耳の不自由な少女の転校はクラスに大きな影響を与え、やがていじめが始まり、大人がいじめの解消に失敗したことで、いじめのターゲットがこの少女と主人公の石田将也にまで広がる。
そして舞台は6年後、主人公の将也が高校3年生になり、人を拒絶するようになった将也がとある決意から硝子と再会しようとするところが承の部分。というか、このシーンが第1巻の冒頭で、そこから話が6年前に遡る形になる。
どの登場人物もまさに現実にいそうな感じ。魔法も超人設定もないから「この話は実話です」と言われても素直に信じる。そして、登場人物は単純に「この人はいい人。この人は悪役」のような分類ができない。その証左に、将也の大親友だった二人はいじめの加害者に豹変する。
件の主人公の将也だって、自分がいじめられるようになるまで硝子の補聴器を壊すは足を引っ掛けて転ばせるわとんでもないクズぶりを発揮。誠…じゃなかった将也死ねと思うシーンも何度か出てくる。
こうなると担任に大人としての活躍を期待したいところだが、この担任もいじめを放置するばかりかむしろ助長するような行動までとった挙げ句、校長が介入してきたら将也ひとりに罪を押しつけて保身に走るクズっぷり。まったくどいつもこいつも渡る世間はバカばかりなのだ。
そんな中でも一番腹のたったのは川井みきという学級委員長を務める優等生キャラ。こいつは自分が優等生をやっている、自分はいい子と信じ切っており、自分が無意識に周りをどれだけ傷つけているかわかってない。あー、書いててイラつく。おそらく、この実在もしないマンガの中の登場人物をぶん殴りたくなる気持ちこそがこの作品の凄さなんだと思う。
このマンガの別のすごいところはその登場人物のリアルさだけでなく、第6巻あたりの「転」の部分で、最初に最後までのネームを書いてたんじゃないか…ってくらい1巻の小学校時代のフラグが回収されていく。えっ、その細かいセリフまで…ってところまで。ああ、あのセリフにこんな伏線があったのかって驚かされる。ちなみにこの転の部分の初めとなる第6巻の第一話で涙腺崩壊した。
さらには手話。私に実は手話ができるんです…とかいう隠れた特技はもちろんない。けどどう見てもその本文中の手話が本物っぽいのだ。この作者は手話ができるのかな…と思わざるを得ない。そして、なんでここまで耳が聞こえない人物描写ができるのか不思議でしょうがない。
これは最近のアニメやマンガでは割と普通なのかもしれないけどおそらく現実の写真を使ったのだろう丁寧に描かれた背景などがさらに現実味を増す。これを書くにあたりあえてWikiなどを参照してないんだけど(なので、かなり的はずれなことを言っている可能性は高い)、たぶんマンガの聖地なんかもあるんじゃないかな。個人的には名古屋に出るというエピソードから岡崎市あたりかな…と当たりをつけたのだが(注:上のリンクをつけるついでにWikiを見たら、聖地は大垣市らしいです)。
他にも、6年後に明かされる登場人物の6年前の気持ちがいちいち興味深い。ああ、そんなふうに考えてたんだと驚かされる。つまり、話が深いんだわ。しつこいけどよくこれを少年誌に掲載したと思う。まあ、それをいい出したらデスノートも少年誌掲載なんだけどね。
これがもし青年誌に掲載されてたらどうなったかな…とかも思う。というのも、高校3年生で男女が…となると、あーんなことやこーんなことが起こっても不思議はない…というか頭の中はそーんなことでいっぱいに違いない(俺様基準で語っております)。
ところが、あーんなことの描写は全くと言っていいほどない。なので、その意味では青少年にも安心して読ませることができるのだが、ただ、暴力とかいじめとか別の部分で要注意…なのよね。
それはともかく、そーんな部分の描写があればさらに話が生々しくなったのではないかと思うので、そういう意味では青年誌に掲載されていたほうがもう一段深い話になったかもな…とも感じる。ちなみに、ドイツ語版のDVDのレーティングは6歳以上です。そういえば、よく覚えてないけどDVDでは暴力的なシーンも含め、かなりの部分がざっくり削られてた気がするなぁ。ちょっとあとでDVDを見直してみよう。
それにしても、この話がドイツ人に理解されるか疑問を感じる。途中で登場人物の一人が土下座をする部分があるのだけど、これが理解されるとは思いづらいし。小学校のいじめの頃のみならず、6年後にもしょっちゅう殴った殴られたの描写があるし。その他、なぜ自分の気持を伝えようとしないのか(ヨーロッパ人なら)イライラしてくるだろう部分もあるし。このあたりは嫁に強制的に読ませて感想を聞くしかなさそうだ。
で、主人公の将也がああでもないこうでもないと思い悩むのだ。ドイツ語ということもあり、細かいフォントでグダグダ言われると読み飛ばしたくなる。ただ、そんなグダグダも主人公の気持ちを読み取る上で重要な役割を果たしている。
「結」の部分で、件のあーんなことの描写がないせいか、ある程度の余韻が残る終わり方ではあるんだけど、なんか一抹の物足りなさを感じるのよね。もちろんタイムリープで6年前に戻って過去を変える…なんて荒唐無稽な終わり方をしなかったことは評価するんですが。そう、最後まで現実にありえる、地に足の着いたお話でした。
別に小学生の読書感想文じゃないんだから「なので僕も強く生きようと思いました。まる」なんてまとめる必要はないよね。個人的には文句なしの五つ星。寄生獣の次に気に入った作品です。
大昔ですが、NY在住の高校時代の友人がねじ式、つげ義春などの「青林堂」今はネトウヨ御用達になったらしいですが、の翻訳と、アメリカでの出版の許可を得て出版しようと奮闘していたのを思い出しました。
英訳はともかく、縦書きと横書き、吹き出し外の効果音の文字に苦しみ、しかも当時のアメリカのコミック出版は日本の同人以下レベルの扱いで。。。
でも最近は、気に入った作品はすでに海外で翻訳出版sれていることが多いです、
ほっほー、なんか日本のマンガ輸出の黎明期のお話ですね。件のA Silent Voiceがたいがいのヨーロッパ言語に翻訳されているのとは隔世の感があります。