猫様の去勢・避妊のお話


我が家にアニマルレスキューから猫様を2頭お迎えしてからちょうど一年が経とうとしています。一年も経つとノラ由来の猫様でも流石に「うちの子」になってくれた気がします。

私のお気に入りはキキ。気が向いたときにお腹を撫でるとやってきて、下僕の私がなでて差し上げると気持ちよさそうに喉を鳴らしまして、しまいには寝てしまう。調子こいてブランケットをかけてみると…なんだか人間なんじゃないかと思うような勢いで寝ちゃうし。いいことなのか悪いことなのかさっぱりわからないが、もはや元野良猫とはとても思えない。

他方ミントはなんだか嫁を下僕一号と認定したらしく、嫁の方に懐いている印象。ミントもたまに気が向くとお腹を撫でろとやってくるのだが、その「デレ」の時間がキキよりはるかに少ない。それでも嫁はミントがお気に入り。というわけで、嫁と私で「推しキャラ」が分かれた。仮に嫁と離婚したとしても子供の親権で揉めることはなさそうだわ(番組進行上一部不適切な発言が…)。

話を戻しまして、猫様の譲渡の際に誓約書にサインさせられたんです。別に常識から逸脱したようなことは書いていなかった(ように記憶している)のですが、同意した項目の一つに

「必ず去勢・避妊をします」

というのがあった。

多頭飼育崩壊とかいう言葉をたまに聞くけど、猫様、避妊してないと、猫のくせにねずみ算式に増えちゃうらしいので、不幸な猫を減らすべく努力されているアニマルレスキューさん的には当然の条項のような気がします。

言われたんです。

「抜き打ちで家庭訪問に行きますからねー。ちゃんと去勢・避妊手術したか確認に行きますからねー」

ホントかよ。…というのも、猫様を譲渡してくれたアニマルレスキューさん、家の最寄りのやつじゃないのだ。ど田舎に住むうち私達、最寄りのアニマルレスキューは30キロ近く離れており、そこに一度嫁が私が出張中に偵察に行ったことがあるらしいのだが、かなり負のオーラ満載の場所だったらしい。

そんなこともあって、雰囲気が良かったうちから3番めに近いアニマルレスキューさんから譲渡を受けた。何が言いたいかって、うちから件のアニマルレスキューさんまで50キロとか離れているのです。確かにアウトバーンとかいう便利なものはありますが、それでも小一時間かけてわざわざうちまで抜き打ち家庭訪問に来るとは到底思えない。

ともあれ、去勢という避けられない災厄が訪れたのはミント♂。スプレーなる困った行為をする前にと今年の2月に近所の動物病院に連行され手術挙行。

私は仕事だったので知らんが、ビビリのミントは動物病院の診察室でひと暴れした(=逃げ回った)あとあえなく御用となり、全身麻酔をかけられ去勢。

ミントはうちに帰ったあと数時間はなんか挙動不審で動きがおかしく(そりゃそうだ。全身麻酔のあとだもん)おとなしくしていた。が、その日の夜になるとほぼ回復しまして、翌日にはケロッとしていた。

そして問題はキキ♀。

ちょうどミントが去勢手術をしたあとあたりから様子がおかしくなった。なんだか知らんが名古屋人でもないくせにみゃーみゃー鳴いてみたり、ミントの前でおしりを突き出してみたり。はい。言わずもがな、発情期ですね。コノヤロー。

見てると面白いというか、かわいそうというか。キキは一生懸命アピールしてるのに、すっかり草食系、いや、無食系かになってしまったミントは何がなんだかわかっていない模様で、「あそぼーよ」としっぽを引っ張ってみたり。傍で見ながら「違う。そうじゃない」と思うがどーにもならん。

そんなかわいそうな日が数日続いたあと、ようやくキキは静かになった。

私としては、避妊手術などしてほしくないのだ。というのも、避妊手術が終わる→猫様を外に出す(外飼いにする)という図式が成り立ってしまうから。

ここで、我が家の先代と先々代の猫様の話をしなければならない。結婚する前の話だから私はいまいち関与してないんだけどね。まず、初代の猫様、ある日突然帰ってこなくなった。数キロ離れた国道で轢かれて死んでいるのを見たという目撃証言があるが個人的には信じてない。日頃の行動パターンからすれば、ほんの数百メートル先にすら行ってなかったような感じだから。で、先代の猫は、裏の畑のトラクターに轢かれて死んでしまった。…つまり(初代の猫がどこか新しい家を見つけたとかいう私の知らないオチでない限りは)どちらも天寿を全うすることができなかったわけ。

私に言わせると、家の中でこと二頭仲良く楽しく過ごしているうちは外に出す必要なんてないと思うのだ。実際脱走を試したことすらないし。これに対する嫁の反論。

「それは、外の素晴らしい世界を知らないだけよ。一生この狭い家の中にずっといるなんてかわいそうじゃない」

もうこうなると、死刑容認派と反対派の論争と同じ。どこまで行っても議論は平行線で交わることなどない。

とても残念なことに、私の意見は少数派。嫁両親も外飼い賛成(特に父は強行推進派)なので、この家で一番立場の弱い私の意見などが慮られるはずもなく、キキの避妊手術が終わった日には、猫は自由に外を駆け回ることになる。…ある日突然帰って来なくなるリスクを抱えつつ。

私は、キキの避妊をあえて話題にしないという方法でこの問題の先送りを謀っていたのだが、キキは再び発情期を迎え、私の企みはあっさり潰える。

そして、その日はやってきた。キキの避妊手術の日。

またいつものように私は仕事。嫁が動物病院へ。なんだかんだで2時間もしないうちに手術を終えてキキは戻ってきた。傷口を舐めないようにカラーをした状態で。

この話をTwitterでしたら、日本の猫の飼い主さんたちからたいそうな驚きを持って迎えられた。全身麻酔をして、その短時間で戻ってくることは日本では考えられないと。

まあ、そのご意見もごもっともで、戻ってきたキキはゲージから出せと強く主張したものの、そののち、ベッドの下に潜り込んで出てこなくなった。ホントに死んだんじゃないかってくらいに。そうかと思ったら、突然立ち上がりすごい勢いで棚の上に登ろうとして落っこちた。そういえば、日本でタミフルを飲んだあとに異常行動が見られたとかそんなのが話題になったことがあったけど、こんな感じだったのかなとか思った。

比較的元気そうに見えるかもしれませんが、あえてそんな写真を選んだのです。

嫁が「キキが何も食べないし、何も飲まない」と大騒ぎしていたが、無知で鈍感な私は「明日になったら元気になってるでしょ」くらいに思っていた。

ところが、嫁はどこから聞きつけてきたのか、「こんなときはチキンスープがいいらしい」という情報を得、早速実行。おーい、私が倒れたときにそんなふうに献身的な看護をしてくれたっけ…と突っ込もうかと思ったが、実は嫁の前で寝込んだことなど一度もないことに気がついた。

そのチキンスープとやら。猫様にとってはたいそうなごちそうだったらしい。何も飲まなかったキキが少しとはいえ飲んだらしい。残りがミントにという棚からスープ状態になったのだが、ミントは大喜びであっという間に平らげた。

そう。ビビリのミントがまた問題だった。カラーをつけた異形のキキを見て驚き逃げ出す。で、その反応を見たキキがまた慌てて走り出す…というなんの冗談だかわからないことが起こり、ミントは隔離決定。こうして、キキは臨時ICU(通常猫部屋兼リビング)に入れられ、嫁がつきっきりになり、「その他大勢戦力外の役立たず」認定をされた使えないオス二頭(ミントと私)は外に出される。

ホントに心配性の嫁はよくもそこまでやったと献身的な看病を褒めるべきか、心配性すぎと笑い飛ばすべきか判断がつかないが、結局ICU(リビング)のソファーで一晩付き添いをしまして、翌朝を迎える。

翌朝、私がリビングに行くと…キキはすっかり元気になっており、私が来るなり走ってやってきた…という状態を想定していたのだが、現実はそうじゃなかった。未だにキキは部屋の隅の家具の隙間の人が入れない部分で死んだように寝てまして、おそらく嫁がそうしたのだろう、その前には例のチキンスープの残りや水が置かれている。

私がやってきたことを顔を少し動かして認めたと思われるのだが、私に見えたのは、家具の隙間からカラーが動いたのが見えただけ。

その後、嫁が起きてきたあとのソファーにいつの間にか移動したのだが、熱があるのかキキは震えている。嫁はキキが死んじゃうと騒ぎ出し、動物病院の開院の11時ちょうどに電話。ホントに人間だったら救急車を呼びかねない勢いだった。

動物病院の先生は心得たもので、まず、耳を触って熱があるか確認するようにいう。やや温かい(つまり熱がある)。そして、もしどうしようもなければ、カラーを外してもいいよ。ただし、自分でつけてね…だと。自分たちで取り付ける自信のないダメ親の私達はとりあえずカラーを外すのは最後の手段とする。

なんだかんだで、この日、キキは元気にならなかった。震えこそ止まったものの死んだように眠っているまま。いや、もし、通常が100で、手術後が10だとすれば20くらいには回復したのかもしれない。前日ソファーで寝て腰がばっきばっきになったと嫁はベッドで寝たし。

翌朝。つまりは手術後2日目の朝。

起きてみるとキキはソファーで寝ている。カラーの奥にある猫の額ほどの額を撫でてみると、ごろごろ気持ちよさそうに喉を鳴らし、いつもどおりお腹を撫でろとすっかり毛を剃られたお腹を出してくる。…いや、無理です。撫でられません。

…あれっ?もしかして元気になった?

そう。ようやくキキは元気を取り戻しまして、さっきの例だと一晩で70くらいまで回復。

ここで私はダブリンへの通勤のため家を出る。そのあとどーなったかは知らない。というか、イマココ…ですので。このお話はルフトハンザの機内で書いたので、ダブリン到着後にキキの様子を電話で聞いてみようと思います。

あ、言い忘れてた。かれこれ一年が経ちますが、未だに「抜き打ちの家庭訪問」とやらは起こってません。去勢・避妊もしたし、ちゃんと嫁ともども下僕としての責務を果たしているのでいつなんどき来られてもなにも後ろ暗いことはないんですが。…来ることはないだろうなあ。