雨の神保町で25年振りの再会を果たす

日本に滞在していたある日、東京は雨でした。貴重な滞在日の一日、雨だからと家でぼーっとしているのももったいない。できるだけ濡れなくて楽しめる場所…さて、皆様ならどこに向かわれます?


私が向かったのは…本屋さん。本屋さんといえば、神保町。


以前のクリスマスプレゼントにKindleもらったんですけど、ほとんど使ってません。やっぱり紙がいい。旅なんかに便利そうだけど、思えば日本の文庫本を持っていったほうがむしろがじゃまにならないくらい。いろいろ屁理屈をつけることは可能ですが、理屈じゃない。感覚的に紙の本のほうがいいんだい。


結局ね、書泉グランデから始まって三省堂書店まで数時間はゆうに潰しましたよ(それにしては10冊ちょいしか買わなかったけどね)。


雨にもかかわらず三省堂書店にはけっこうなお客さんが入っていて、ああ、まだ日本の出版界も大丈夫かなとなんの根拠もないことを思う。言い方が正しいか、それ以前に発想の方向が正しいか大いに疑問ですが、三省堂書店って日本の店舗型の本屋さんの最後の砦だと思う。日本を代表する本屋さんの町の神保町を代表する本屋さんからお客さんが消える時が来たら、日本の紙の出版業は終焉を迎えるような気がする。その意味で、今まで各階にあったレジが1階に集約されて人件費の削減が図られていたことが気になった。


いろいろ買った本は機会があったら紹介したいと思いますが、帰りのヒコーキの機内で読み終わってしまった本はこちら。




新井素子。銀婚式物語。


新井素子さん…ご存知でしょうか。SF作家なんですが実は語れるほど私は新井素子さんのこと、知りませんから。そもそも私はSFというジャンルの本をあまり読んでいない。せいぜい思い出せるのは椎名誠さんのアド・バードとかくらいかな。新井素子さんのSFだって超初期の「ひとめあなたに… 」くらいかも。


あー、思い出してきた。「ひとめあなたに…」は面白かった。中学生の頃に読んだ記憶で書いてるから違ってるかもしれんけど、地球に隕石が落ちて1週間後に人類が滅びるってことになって、一人の女の子が、東京から鎌倉にある彼の家まで歩いて行く…たったそれだけの話だったんだけど、物語に引きこまれた覚えがあります。中学生当時の私には「人類滅亡」というとてつもないスケールの話が「東京から鎌倉まで歩いていく」という日常レベルの話まで落とされているのがすごくわかりやすかったし面白かった。


あー、星新一さんってSF作家になるのかな。だとしたら、氏の作品はやはり中学生の頃エッセイまで含めてあらかた読んだので、けっこうな数のSFを読んだことになるかもね。私と同じ経験をした人は他にもいるかもですが、私の使っていた中学校の教科書に氏の「繁栄の花」というショート・ショートが載っていたんです。それが面白いなと感じて氏の本を手にとったところ、巻末の解説文を新井素子さんが書いていたんです。その文章に何故か惹かれて手にとったのが「ひとめあなたに…」。そして、その次に向かったのが「銀婚式物語」の元となる結婚物語と「新婚物語」(今、リンクを貼ろうとして、この本が絶版になっていることに驚いた)。あの頃は、そんな感じでいろんな本を読みつないでいたっけなあ…。


あらすじはまあ簡単に説明できますよ。主人公の正彦さんと陽子さんが結婚の約束して披露宴をあげるまで」が「結婚物語」。そして、新婚生活を書いたのが「新婚物語」。


この二冊の本への評価は竹を割ったようにばっさり分かれると思う。なにせ、なんにも起こらないのだ。どう考えても新井素子さん本人としか思えない(でも本人は否定している)陽子さんの性格がちょっと変わっている以外は、ホントにのほほんとした日常をただ見せられているだけなの。誰も死なないし、修羅場もないし。だけどね、私はこのシリーズを読み返すくらい好きだった。で、現在の私に明らかに影響を与えている。どーゆー形でかというと…文体。


別に私は自分の文体がかっこいいとか流麗だとか思ってませんよ。むしろ頭の悪そうな(いや、実際良くないし)がにじみ出ているような文体だと思う。で、私の文と新井素子さんの文を並べてもきっとどこも似ていない気がする。だけど、私の中では同じにおいがする文体なのだ。ちょっと「銀婚式物語」の数行をテキトーに転載してみます。


(転載ここから)


  と、いうのは。
  正彦さんに対して、とってもとっても申し訳ない話」なんだけれど……この時点で、実は、陽子さん、自分のエンゲージ・リングである、ペリドットの所在を……よく、把握して、いなかったのだ。(というか……ほんっとおに興味が無いから、すべての装身具の所在を、陽子さんはまったく把握していなかったのだ。)
  捨ててないからある。この家にある。それは確かだ。
  だが、この家のどこに、それは、あるのだ?


(転載ここまで。銀婚式物語文庫版。342ページ)


…うん。似てない。こんなに私は改行も句読点も入れない。どこが似ているのかなんて私には説明ができない(そもそもが「新井素子さんに俺様の文体は似ているぜ」なんていうこと自体がおこがましい)。だけど、自分では分かるんです。なにかしら新井素子さんがが自分に影響を与えていることを。


で、この、「銀婚式物語」。そのタイトルが示す通り、結婚25周年を迎えた二人の陽子さん視点の回顧録です。飼い猫の話とかとんでもない家を建てるまでの顛末とかが書かれています。ホントにさ、今どきの刑事物のドラマにあるようなくそややこしさはなにもない。ひたすらに25年の回顧。でもなぜか私のツボに入る作品なんだよなあ。そしてさあ、中学生の頃に読んだ本の続編に二十数年後に出会えるというのは、いやはや婆さんや、人間長生きしてみるもんだよ。


んでまあ、日本の不況とされる出版界に諭吉さんを本屋さんを通じて寄付する。びっくりしたのは本の価格。この「銀婚式物語」も税込み950円もする。文庫本って一冊500円くらいじゃなかったっけ?他に買った文庫本は1000円を超えるものすらあった。まあ、他の本もおいおい読んで面白かったら紹介していきます。


おまけ。神保町に来るといつも寄ってしまうキッチン南海。ロースカツライスが消費増税があったのに750円で据え置きだった。


もう一つだけおまけ。


乗り換えた九段下駅の「バカの壁」跡。


5000万円の札束がカバンにはいらないと詰られて任期半ばで辞任した前東京都知事の実績の一つ。営団地下鉄と(東京メトロとか言うらしいけど、どーしても「都営十二号線」を「大江戸線」というのと同じように抵抗感がある…)都営地下鉄の乗り換えが改札を介さないとできなかったため、隣り合っていたホームに仕切りの壁があったという駅。これを全都知事の鶴の一声で撤去したというお話。この駅何回も利用してたけど、まさかこんな構造になっているとは思いもよらなかった。地味ながらちょっとした功績だなあと思いました。