【追悼】さよならにんじん号(中)

かくして、2ヶ月近くにわたってあーでもないこーでもないと交渉したのだが、結局、無理というダメダメな結論に至る。こうして、にんじん号はドイツの環境基準に適合しない、4倍の自動車税を払い、かつ大都市中心部には乗り入れできないダメダメな車としてドイツで登録されることになった。言うまでもなく、日産NOTEは燃費もいい、排気ガス基準だって日本の厳しいそれをちゃんと達成しているにもかかわらず…です。


でもね、たとえ4倍の自動車税を払っても私はそれでもにんじん号に乗り続けたかった。2年間という短い期間とはいえ、大事に乗ってきてそれなりの愛着もわいてきてたのよねん。なので、実はこの先、右ハンドルというだけで2倍になるとか言われている自動車保険も払う心算でいた。…そう、心算でいたの。


ところが、話はここで終わらなかった。TÜVに車を持ち込んで登録のための車検をお願いした。その結果…


担当者:「エンジン周りその他には問題はまったくないです。が、問題が数点あります。まず、ライトの光軸を右側通行用に改めていただく必要があります。それから、EUの基準で、後部に霧灯をつけていただく必要があります。さらに、ライトの高さの調節を運転席から伝道でやる必要もあります。」


解説すると、車の前照灯(ライト)ってさ、まっすぐ前を照らしているんじゃないんだって。対向車の運転手に眩惑(眩しくて前が見えなくなる)が起こらないように対向車線とは逆の方向にずれているんだと。右側通行と左側通行じゃその向きがまったく逆だからその調整をしなければいけないと。


これ、厳密に言うと、ドイツで自動車を登録するだけじゃなくて、ヨーロッパ大陸で車を運転するときにはこの対策が義務なの。イギリスやアイルランドなどの左側通行の国の車はヘッドライトにシール状のものをつけて対応する…らしい。なぜ伝聞系かというと、犯罪告白になるのだが私はこの対策をしていなかったのです。罰金をとられても文句は言えない状態だったらしい。


そして、霧灯はとりあえず保留してライトの高さ調節。日本の車はどうかは知らない、確かにドイツでほかの人の車に乗るとなんかついてるのよ。そんなつまみが。まったく使ったこともなかったけど、このつまみを調節することによりライトの高さが下向き(ロービーム)と上向き(ハイビーム)だけじゃなく、より細かく高さを調節できるんだと。これがEUの保安基準に合格するためには必須だと。


そして、霧灯。それってフォグランプでしょ…って思って「ついてるよー」って言いかえしたら「ついていない」と返された。よくよく話を聞いてみると、前についているフォグランプじゃなく、後ろについているフォグランプだと。


は?


正直なところそんなもんの存在すら知らなかった。前についているフォグランプは前方の視界確保用、後方はバックのときの視界確保用…ではなく、後続車に自らの位置を知らせるためにつけるんだそうな。日本でも一部の車についているというけど…あまりなじみがないと思うのは私が無知なだけなのかな?


さらに追い討ちをかけるように「音の検査」が必要といわれる。正直これはいまだに意味不明。走行時の騒音を測定しなければいけないと。しかも、その検査場が限られていて、うちから車で30分かかる遠い場所。


ここでもひと悶着あったんだけど省略。とりあえず、その遠い検査場にもこの担当者は一人しかいなくて、かつ、「天気がいい日じゃないと試験はできない」とか言われる。ようやくアポをとったものの、問題がひとつ。


車の保険が切れてしまった。


アイルランドで入っていた自動車保険、海外の滞在は最大2ヶ月までとやらで8月末日に更新期限を迎えた保険、某保険会社が更新を拒否。これで、ドイツで合法的に車を運転することができなくなった。


じゃあ、ドイツの自動車保険に入ればいいじゃんという簡単な結論に至るのだが、だがちょっと待ってほしい(←某新聞社が好きそうな言いまわし)。ドイツの自動車保険に入るためにはドイツでの自動車登録(ナンバー取得)が必須。つまり、ここで見事なまでの無限ループの罠にはまっているわけね。


実際さあ、事故なんてめったに起こるもんじゃないんだからこっそり試験場まで運転すればいいかな…とかいう気持ちが起こらないでもなかったけどさ、マーフィーの法則じゃないけどそんな甘いことを考えたときに限って事故とか起こる気がする。甘い考えで無保険で人身事故を起こしたりなんかしたに日は、実際人生詰む。というわけで、下手なリスクは背負えない。さあ、どうしたものか。


なかなかの難問だったけど答えは出た。ドイツで仮ナンバーを取得すればドイツのとある保険会社が短期の(具体的には1週間程度の)自動車保険を引き受けてくれると判明。80ユーロほどの費用を払い早速申し込む。


「仮ナンバー」…日本でもあまりなじみのない言葉ですが市町村役所や陸運局などで申請できます。あくまで車検場への回送など目的を明らかにする必要がありますが。ドイツにも同じようなシステムがあるという理解でいいです。


ただ、その仮ナンバーの取得がどうも一筋縄ではいかない。申請の書類自体はさほど面倒じゃないのだが、どっかの国のエイリアンオフィス(外国人事務所)みたく、朝一で並ばないとダメだとか。そのために一日会社休んで、さらには検査のためにさらに会社を一日休む…とことんアホらしいわ。


ぐちぐち言ってても仕方ないので、ライトその他の件から片付けることにする。いつもお世話になっているドイツの修理工場へ。修理工場の兄ちゃんが言うのだ。


「それだとライトは交換だねえ。たぶん高くつくよお」


え?交換?調節できないの?


「できないねえ。そもそも光の向きがまったく逆だから」


んじゃ、リアフォグランプとやらは?


「調べてみないとわからないねえ。」


というわけで、調べてもらうことに。


翌日、とんでもないことを知らされる。


「あの話だけどね、思ってたより相当面倒だねえ。まず、ライト、今ついているのがキセノンランプなんだけど、こっちのノートはハロゲンライトみたいなんだ。この交換がかなり面倒なことになる。純正のライト二つで600ユーロを取り寄せてやってみてもいいけど、うまくいかなくても責任は取れないよ」


ぽきーん


この瞬間に私の中で音がした。そう、心が折れた。あきらめた。


いや、正確に言えば、Ebayに行って非純正のライトを探したりとかした。でも、非純正のライトでもいい値段だし、しかも、おそらくは大丈夫なんだろうけどヨーロッパ版のNOTEと日本のNOTEのライトの形が違うという可能性も否定できない(実際フロントグリルの形状が違うし)。うまくいくかどうかもわからない作業に10万も出す気にならなかったし、ましてやリアフォグランプがどうこう言ってたらもう金がいくらあっても足りない。後ろ髪を惹かれる思いはもちろんあったが…心が完全に折れた。


で、アイルランドに乗って帰るのも一苦労だった。というのも、さっきの保険の話。アイルランドに戻るまでの1500キロの道のりを無保険で走るわけには行かない。この解決のために二つの話を同時進行で進める。ひとつはADAC(日本で言うJAF)関連の保険会社がこの保険を引き受けてくれるかもしれない…という話を信じてうちから車で1時間ほどかかるADACの事務所に行くことに。


それと同時に私のアイルランドの自動車保険の更新を拒否した会社にとある筋を通じてお願いをしてみる。結局この方法が功を奏して、1ヶ月のみ、つまりアイルランドに戻るだけの期間の保険の更新を「特例として」認めてもらう。これに関しては手を貸してくださった方、そして特例を作ってくれた保険会社に感謝している。これでようやくアイルランドに車を回送することができた。


(続く)